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「友達と合わない」「男運がない」共通する1つの理由と解決法

・信頼できる友達ができない、出会えない
・友達と思っていた人に裏切られた
・周りの人に恵まれない
・付き合う男がクズばかりだ

そんなふうに思っている、思ったことがある人に共通する理由と解決するための方法を書きます。

■ほとんどの人が「類は友を呼ぶ」を間違えている

「類は友を呼ぶ」
皆さんも聞いたことがあることわざだと思います。
そしてほとんどの人がその意味も知っているはずです。

・・・類は友を呼ぶとは、気の合う者や似通った者同士は、自然に寄り集まって仲間を作るものであるということ。
(故事ことわざ辞典より)

 

つまり自分と気が合う人は自分のもとに勝手に集まってくるものだということです。

 

たしかに同じミュージシャンを好きな方は同じライブ会場に集まり、同じWebゲームが好きな人は同じWebサイトに集まります。

SNSが普及してからはそれがより簡単になりました。

 

僕らのライブ会場でも、僕らとファンの方の出会いだけではなく、ファンの方とファンの方との出会いがたくさんあります。

同じものを同じように好きだということは気が合う可能性を高めてくれるものであるのは間違いないし、気が合う人との出会いのきっかけになる可能性は大いにあると思います。

 

でもそれぞれには他にも好きなものがあるし、僕たちのことを好きになった理由だって様々なわけです。

 

つまりそれだけで「気が合う」「似通っている」と判断するのはまだ早いです。
まだただひとつ「同じことが好きなだけ」です。

 

でもこの段階で「類は友を呼ぶ」という言葉は完結してしまうことが多い。

 

ここにある「類」だけでは、「気が合う」とまで行くには無理があるし、それは「女は運命の男を呼ぶ(女というだけで運命の男が寄ってくるのだということ)」と言っているのと変わりないほど、その幅がまだまだ広すぎるわけです。

 

にも関わらず誰しも「運命の出会い」に期待して、そう思いたいと思ってしまうものなので、たった1つの共通点がある程度で、自分に都合良く「気が合う」とまで錯覚してしまうことも多く、求めてしまうが故に合わないことが出てくるとまるで自分の運が悪かったかのように、この出会いは運命の出会いではなかったと思うようになってしまいます。

 

■じゃあどうすればいいか

この「類は友を呼ぶ」という言葉の「類」というのは「趣味」や「好きなもの」程度の繋がりのことではなくて、「相手のことを本当に想う」かどうかだと考えています。

これは綺麗事で言っているわけではないので、理由を説明します。

 

人と人との接し方はシンプルに大きく分けると2パターンで、「表面上だけ繕って接する」のか「本当に相手のことを想う」のかです。(もちろんその度合いはグラデーションなので様々なレベルは存在します)

 

表面上だけ繕って接っしていると、表面上だけ繕って接っしてくる人が集まり、本当に相手のことを思っていると本当に自分のことを思ってくれる人が集まってきます。

 

つまり同じレベルで想い合う人が集まってきます

 

これが本当の意味での「類は友を呼ぶ」ということです。

 

一応書いておきますが、ここで言っている「本当に相手のことを思う」というのは「自分がそうだと思ったらズバズバ相手が傷つくことでも正直に言う」とか「初対面から相手の何もかもをやってあげる」とかそう言う話ではありません。

 

■見返りを求めず相手のために動くことで知ることができるもの

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同じレベルで想い合う人が集まってくるのなら自分がやるべきことは。

・1つのことを頼まれたのなら3つのことを返す。
・してもらったからしてあげるのではなくて、自分からしてあげる。

 

でも。

 

「この作業もお願いしていい?」と頼まれれば「僕前もやったんですけど。なんでまた僕なんですか。」とか言ってしまう。(バイト先で「僕はもうすでに時給分の働きしましたけどね。」とか言う奴も同じ)

「あの子自分の話しかしないよね」とか陰口を言っちゃう。(自分が自分の話をしたくなることだってあるだろうに。話した時間の長さなんか関係ない。)

 

こんなふうに大体の人は見返りを求めず自分から動くことができません

 

でも気持ちはわかります。
きっとなんか自分だけが損しちゃう気がして、嫌ですよね。

 

そう思う人が多数だと思います。(今偉そうながら書いていますが、僕もそう考えてしまうこともありました。)

 

ただ言えることはそうやってまず自分が動くことでしか、相手が同じように抱えてるその気持ちを取り除くことはできないということです。

 

自分がやるから相手もやってくれるんです。
自分がまずやるから、相手が返してくれるんです。

 

もちろんこの言葉を聞いて、「自分がまずやってあげたのに、相手が返してくれなかったら結局損しちゃうじゃん」

そう思う人もいると思います。

 

それにはこう答えます。

 

「はいもちろんその可能性もあります。当たり前じゃん」

 

でもそうすることで自分に大いにプラスになることがあります。

 

それは自分の周りにいてほしい人を自分で判断できるようになるということです。

同じように想ってくれない人からは離れたらいいんです。

 

それを繰り返さない限り、自分のことを本当に想ってくれる人が周りに溢れるなんてことはあり得ないです。

しかも実際は本当に相手のことを思っていれば、そうならないです。(自分の経験上、そうなってしまうのなら、それはほとんどの場合自分の何かが足りなかっただけです。)

 

「見返りを求める」「損したくない」その程度の一瞬の感情で、相手のことを本当に思うことができないなら、一生見返りを求める人に囲まれ続けながら、損得で相手を見る人に囲まれ続ける世界で生きていくことになるだけです。

 

つまり「類は友を呼ぶ」は自分で操作することが可能だということです。

「類は友を呼ぶ」んじゃなくて、「類で友を呼ぶ」んです。

 

同じように。
「私男運悪いねん〜」そう言ってる人はそう言ってるから男運悪いんですよね。

 

■最後に

僕自身とっさに損得で判断してしまったこともあります。
でもその都度本当の意味で損していたのは自分でした。

 

今本当に素敵な人に囲まれています。
そう思わせてくれた、僕のために僕に接してくれたみんなには必ずおなじ想いで返し続けていきます。

 

同じように想ってくれる人が増えたらいいなぁと思い書きました。
ほんまそれだけです。

まあ結局そしたら最終的に自分が楽しいんですよね。

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