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25歳からスタートした音楽人生。 弱かった僕が今話せること。

このブログの内容は動画でも話したので、動画の方が見やすい方はこちらで。
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僕の音楽人生はだらだらと学生生活を過ごしたあと、周りが就活を始めた時に憧れていた「歌手」になりたい気持ちを捨てきれず始まりました。

 

当時の年齢は25歳。
歌はカラオケで歌ったことがあるだけ、楽器は何も弾けない。

 

そんな僕に誘われた弟龍生(たつき)とYuruは2010年に結成しました。

 

僕はたちはとにかく必死で歌いまくり、2015年頃には時に目標とされる「音楽で飯を食べる」ということが本当にありがたいことにできるようになりました。(30歳のその年にバイトを辞めました)

 

でもその翌年の2016年に僕たちは今までの活動の中心だったライブハウスを離れ、また一からやり直すことにしました。(バイトも復活しました)

 

浪人までして入った大学卒業間近でミュージシャンを目指すと言い出し両親を困惑させ、同級生の親同士の会話では「え?まだ?今もやってるの?」なんて言葉で、今もなお肩身の狭い想いをさせてしまっています。

 

その二人にも話したことのなかった今日までの日々をはじめて正直に書きます。

 

活動開始は25歳


(初めての宣材写真)

 

当時僕は歌もギターも本当に下手くそでした。
そこまではたまにカラオケに行く程度の普通の大学生でした。

 

周りの同世代は少なくとも高校生から始めた人ばかりで、その時点で彼らのキャリアはもうすでに8年とか9年とか。

 

ステージの上では「つい最近始めたんです」と必ずアピールする。
その理由は「始めたばかりなら仕方ない」そんなふうにハードルを下げたいから。

 

そんなふうにして始まった僕らの活動は地元のライブハウスで、高校生たちと一緒にライブするところから始まりました。

 

一緒に出演する高校生のみんなに憧れてもららえるはずはなく、慕われることもなく、勝手に肩身の狭い思いをしながらライブをしていたことを覚えています。

 

 

当時は常に劣等感を抱いていて、その想いはステージを降りても継続してしまい、楽屋や打ち上げなどではいつも「面白くない」「真面目すぎる」そんなことを言われ続けました。

そんな日々の中ずっと「俺はこんなやつじゃないのに」と思いながら、自分を出しきれない悔しさを糧にとにかく歌い続けました。

 

いくら頑張っても扱いは変わらなかった


(土砂降りの名古屋ガイシホール前ストリート2012年)

 

10年以上やっている人に技術で今日明日追いつくことはできない。

なら今何がやれるか。

 

みんなが週二回路上ライブするなら、1ヶ月連続でやってやろうと車で生活しながら全国をまわりました。

 


(1か月連続ストリートライブ2013年)

 

ツイキャスなどの生配信でもとにかく長く放送しようと24時間連続で配信をしたり、カバー動画を毎日100本以上アップしたりと、とにかく「量」をやりまくりました。

 


(24時間が終わるときは毎回死にかけながらも自分で感動)

 

それを続けた僕らは活動開始から四年が経った2014年頃、ライブハウスのイベントに来てくれるファンの方の数はトップクラスになっていました。

 

本当にたくさんの出会いがありました。
その年に行ったワンマンライブでは200人以上の方が足を運んでくれました。

 

そんなファンのみなさんの存在はステージの上で言い訳をする自分を捨てさせてくれました。

 

自分たちのことを一番だと言ってくれる人の前では何があっても必ず一番でいる。
僕らが今も必ず一番を目指すのはそれが理由です。

 

 

たくさんのファンの方に囲まれて本当に楽しかったし、それは何のために、誰のために音楽をやりたいのかを明確にさせてくれました。

 

でもライブハウスでの僕たちの扱いは変わることはありませんでした。

 

「下手なくせになんで人気あるん?」
「オーラなさすぎてスタッフかと思ったわ」

 

今となっては本当にいろんなことを言われたなーと思い返します。(言ったやつは売れたらしばくリストに記入済みです)

 

それでも当時の僕はこういうことを言う奴はどこに行ってもいる。
だからその悔しさは押し殺して、必ずひっくり返してやると「その場所」に食らいつき続けました。

 

でもそんな扱いをされながら共に作るイベントはやっぱり楽しいものではなくて、何より自分たちが楽しめていないその場所に「ぜひ来てください!」とファンの方に伝えることが少しずつ苦しくなっていきました。

 

自分を信じてくれる相方

そしてさらに2年ほどが経ち、がむしゃらに頑張り続けた僕らはさらに大きなイベントに出演することも増えていきました。
そんな僕らをファンの方たちは喜んでくれました。

 

「ぜひ来てください!」
何度言ったかな。

 

毎日毎日何かしらのイベントの告知をしていたと思います。

 

そしてそんな日々の中で出演したライブの打ち上げに参加したある日。

 

その打ち上げでは、ほぼ関係性もない先輩に靴を履いたままドロップキックをされて、その反動でテーブルにぶつかって食べ物が散乱。(全部が全部そんな打ち上げだったわけではないです)

 

いわゆる「ノリ」ってやつです。
そしてその散乱している食べ物を聞こえる笑い声を背に、自分で片付けました。

 

早く終わればいいなと思いながら過ごすその時間はとても長く、一つ終わればまた次のノリが始まる。

次は1人ずつ前に出てなにかを話すという流れになり僕の番が終わり、相方のたつきの番。

 

たつきが前に出て一言を言おうと間をあけた瞬間、ひとりの先輩が彼を思い切り蹴り飛ばしました。(どうせ何もうまく言えないだろうという感じで)

 

しばらくアザが残ったほど本当に思いきり。
それも彼らに言わせればノリ。

 

でもノリとかネタっていうのはある程度の関係性がある上で、そのあと面白おかしく話せて初めて成立するもので、それがノリとして成立していないのはその後誰もその話を表でしていないことが証明しています。

 

僕以上にたつきは普段からそれほどワイワイするようなタイプじゃないので、彼がこの環境にいるのは僕はがこの道に誘ったからだという申し訳なさと、今まで経験したことのないレベルの怒りで溢れました。

 

それまでの僕は嫌なことは我慢して、誰よりも結果を出して見返してやればいい。
そもそも俺たちはファンの人たちと音楽をやっていく。

 

そう思っていました。

 

でもその時そこにいた人間は一部の女性スタッフさんを除いて全員が大笑いしていました。

 

こんな言い方はしたくないし、本人たちはそう思っていないかもしれないけど、それは単純にイジメでした。

それを見てようやく気づきました。

 

「この場所にいる必要なんてない」

 

好きで、楽しいことがしたくて始めた音楽なのにそこにひろがっていたのは真逆の状況でした。

 

その時の僕は怒りはしたもののその場のみんなが笑う空気に流されて、何もできませんでした。

 

僕は弱かったです。
そしてその場所で過ごすことを何年もの間、選んできたのは他の誰でもない自分でした。

 

それが兄としても相方としても本当に情けなくて、そしてそんなダサい自分たちを1番かっこいいと言ってくれる人たちがいること、その人たちにそんなイベントに来て欲しいと告知していた自分が情けなさすぎて、本当に申し訳なさすぎて、その日から悔しさと苦しさでしばらく眠れませんでした。

 

ただ相方は僕なんかよりも強くて、帰り道謝る僕に「この程度どうでもいいからとにかく頑張ろう」と言ってくれました。

このブログを書くことを話したときもはい〜任せる〜と言ってました。(目も合わなかった)

 

彼にはいつも救われています。

 

全てをやめて自分たちで作ることに決めた

素敵なイベントももちろんたくさんあったけど、 もう今のライブハウスには一切でないと決めて。

 

背水の陣でのぞむ。

 

そしてそこから生まれたのが物語と映像との融合演奏を使った映画館ライブでした。


(クラウドファンディングでは本当にありがたことに150万円もの支援金が集まり作ることができました。)

 

さらに同時期にタイの音楽に出会い、タイの楽曲の日本語カバーもスタート。(タイのみんなはそんな僕らの新たなチャレンジを救ってくれました。本当に感謝しています。)

 

 

自分たちで一から新しい場所を作り始めて2年が経ち、YouTubeは7.5万人もの人がフォローしてくれるまでになりました。

タイではJAPAN EXPOやNIPPONHAKUという大イベントに出演させていただいたり、ドラマの主題歌に僕らの曲を起用していただいたりと、本当にありがたいことに少しずつ状況が変わってきました。

 

でもそれと同時に今までの活動をやめた僕たちの日本でのライブに来てくれる方の数はどんどん減っていきました。

 

かっこいい姿でいたい。
ダサい姿を見せたくない。

その気持ちが強く、当時の僕には全てを話す勇気がありませんでした。

 

タイでの活動を始めてから逃げたとか、売れるためだけにやってるなんてことも言われ、拠点をタイに移すことも考えました。

 

でも日本での活動の中でしてきたたくさんの約束や宣言を果たさず終わることはどうしてもできなくて、もう一度チャレンジしたいという想いをずっと持って進んできました。

 

次またチャレンジできる時が来たら、この話をしようと思っていました。

 

そして今回もう一度クラウドファンディングで挑戦することに決めました。

 

今の僕たちが込められる想いを全て込めた曲を作りました。
そしてそれを新しい音楽の届け方に乗せて、たくさんの人に届けたいと思っています。

もし興味を持っていただければ一度ぜひ見て欲しいです。

 

■SILKHATページ

 

ただこの宣伝のために書いたのだと思われたくないので、最後に僕が今、今までの自分を通して伝えたいことを書きます。

 

弱かった僕が今伝えたいこと

「俺たちかわいそうでしょ」とか「辛かったんですよ」とかそんなことが言いたいわけではないです。

 

本当に被害者ぶるつもりはなくて、あの道を選んだのは過去の自分です。

 

一体何時間、何日、何年もの時間を使ってしまったのかと後悔したこともあります。

 

日本でのライブに来てくれる人の数が減っていったとき、ファンの方たちも僕たちを信用してくれていなかったと、僕は理由を外に求めました。

 

それはすべてを話すことはしたくないけれど、理解してほしいという傲慢だったと思います。

 

「俺だってこんなに頑張っているのに…」そう思って、うまくいっている人を羨んだこともあります。

 

本当に恥ずかしい話だけど、信用できていなかったのは自分だったのだと今は気づくことができました。

 

ファンの方の前ではカッコよくいたい、いなきゃならない。
ダサいことは言えない、言わない。
それだけが正しいのだと思っていました。

 

真実は全くかっこよくなんかなかったのに。

 

そしてみんなにこんなダサい話もできるくらいに、今少しだけ強くなることができたんだと思います。

 

今までの日々は勉強になったと思っているし、思うままに生きていいのだと思えるキッカケになったとも感じています。

 

そしてきっともっと弱くて、辛い思いは我慢しなければならないと思って、食らいつかねばならないと言い聞かせて、頑張っている人がいると思います。

 

僕はそんなかつての自分やあなたに伝えたい。
そんなことをする必要がない場所は必ずある。
あなたのたった一回しかない人生の全てをそんな時間に使う必要はない。

 

元気に生活している僕らにとって、本当に人生が一度しかないことを心の底から感じることは難しいです。
きっと僕もまだ本当の意味では実感しきれていないかもしれません。

 

でも今の僕は少なくともあの頃の僕になら伝えられるんじゃないかなって。

 

もちろん夢は何歳からでも目指せるけど、30代の人間に20代の頃のあの時間が戻ることは絶対にないです。

 

全ての人にとって何をするにしても「今」が最も若く、最速です。

 

僕らは逃げたと言われました。
その通りです。逃げました。

 

でも逃げていい時だってある。

逃げないためにじゃなくて、幸せになるために夢を追いかけるし、幸せになるために遊ぶし、幸せになるために働く。

 

僕はそのために生きたい。

 

もちろん理不尽に全てを投げ出せと言ってるわけではないです。
幸せは人それぞれなので、全員に当てはまることではないこともわかっています。

 

でも変わりたい、変えたいなら、「始める」か「辞める」でしか「変わる」ことはないと思います。

 

もちろん守らねばならないものや、守りたいものを抱えている人にとって、逃げることなんてできないこともあると思います。

 

だからこそ今いる場所を続けながらでも共有できるそんな場所を一つ作りたいです。

 

僕は音楽で飯が食べたいなんて思ったことはなかった。
そのために続ける音楽なんてこれっぽっちもやりたくない。

 

本当に誰かのためになるものを作って、本当に楽しい人で溢れる世界にしたい。
そして僕もそこにいたいです。

 

自分の幸せのためにです。

 

幸せのために生きる人たちで溢れる未来が見たいです。
ワクワクする話をみんなとずっとしていたいです。

 

「常識」だってもともと同じ人間の誰かが作ったもの。
従ってもいいけれど、従わなければいけないものではない。

 

僕はこれまで33年生きてきて、その中のたった2年で少しだけだけど変わることができました。

 

だから残りの人生すべてで本気で作りにいってみます。

 

それが可能だと信じているし、これからも発信し続けます。

 

もし興味があるなら、良ければ見ていてほしいし、応援してもらえると素直に嬉しいです。

 

そして良ければ一緒にいきたいです。

将来みんなで「ほらな?」って一緒に言いたいです。

 

ここからもう一度やってみます。

 

ごめんなさいこんなに長く見てもらって!
本当にありがとうございます!

 

もし同じような想いをかかえてる人とか、このブログを呼んで何か思ってもらえることがあれば、TwitterのDMと公式LINEはずっと開いているのでぜひ送ってください。

必ず返信します。

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