第12話「何もお返しできなかった」

全てを信用し、全てを話すつもりだった。
そう心に誓っていた。
自分は真紀のことを大切に想っている。
その想いを素直に全て伝えるのだと。
それなのに。

何もできなかった。

そんなことすらできなかった。
隼の頭の中、心の中、体のいたるところ全てはその感情で満たされてしまった。
それでも日々は残酷に過ぎていき、真紀の葬儀は終わりさらに日々は過ぎた。

「隼!ご飯出来てるから食べて早く行きなさいよ!学校遅刻するでしょ。」

隼の両親は今まで通りに接していた。
いや、今までよりも厳しかったのかもしれない。

「わかってるよ。」

どうすればいいのかわからないまま、隼は流れていく日々に流されるがままその日々を過ごさせられていた。
学校にも外観上は今まで通り、通っていた。
その日も学校では祐介と浩司が昼ごはんに隼を誘った。

三人はいつものように椅子を近くに持ち寄りお弁当を食べはじめた。

「次の授業、地理やし楽やな。村尾先生やし。」
「せやな。でも眠いしたぶん寝てまうわ。」

祐介と浩司の間でいつも通り何てことのない会話が続いていたが隼は全くしゃべらなかった。

「隼、どうかした?」

祐介がたまらず話しかけた。

「何で?特に何もないけど。」
「何もないって感じじゃないやんけな。」
「ほんまに何もないって。逆にどうしてんな。」

そう言われて祐介も食い下がる必要はないと判断した。
少しして祐介は向かい合って座っていた隼の膝の上に冗談交じりに特に意味もなく足を乗せた。
もちろん靴は脱いでいた。
何もないといった隼に対して、ただじゃれただけのつもりだった。

しかし次の瞬間、隼は祐介に殴りかかった。

「急に何やねんな!何もないんじゃないんかよ!」

殴りかかられた祐介は大声を出した。
浩司が止めに入り、その場はいったん収まったが二人はそのまま口をきくことはなかった。

その日から隼は学校に行かなくなった。
家を出てから学校には向かわず、一人ぶらぶらしていた。
祐介に殴りかかったことも悪いとは感じていたがもう何もかもがどうすればいいのかわからなくなっていた。
その時の隼の感情の中には正直友達なんてもうどうでもいいという感情さえあった。
信頼する価値なんてないのだと。
どうすればいいのかわからないなりにも隼は一つの答えを出していた。
もう学校へは行かず、親にも縛られず、一人で知らない土地へ出てお金を稼ぎ、また新たに生きていくのだと。
そしてそう思い立った日。
隼は浩司に電話をかけていた。

「今日の夜ちょっと行っていい?」
「いいけど最近何で学校こーへんの?みんな心配してんで。」
「おお。まあとりあえず今日夜行くわ。すまんな。」

隼は翌日住み込みで働ける場所を探すため、東京に行くことを決めていた。
そのことを浩司と祐介にだけ伝えていこうと決めていた。
特に信用もしていないと感じていた二人にそう伝えようと思った理由は隼にもわからなかった。
誰にも知られず、その場を去るのが寂しかったからだけだったのかもしれない。
心のどこかで本当は信頼していたのかもしれない。
わからずともそうしてから行きたい。
そう思ったことは事実だった。
その夜浩司の家には祐介も呼ばれていた。

夜10時。

三人は山の中腹にある浩司の家に集まった。
浩司の家はかなり不便な所に立っていたが、浩司の両親は厳しくない、どちらかというと放任主義の家だったため遅い時間でもよくみんなで集まることがあった。
そうは言ってもその時間は翌日学校のある高校生の三人にとっては遅い時間だった。
浩司のお母さんは気さくで明るいお母さんだった。

「もう遅いんやから長くはあかんで。」

そう言いながらジュースと簡単なお菓子を運んできてくれた。
浩司のお母さんが出て行ってから三人は話し始めた。

「何で学校こーへんの?何かあったん?」

浩司がそう切り出した。

「いや俺家におるのが嫌やから明日から東京行って住み込みで働いて学校は辞めるからそれだけ言っとこうと思って。」
「え?ほんまに言ってんの?親には話してるん?」

祐介が驚いた顔で聞き返した。

「いや言ってないし、もう家にも帰ってないからこのまま行くし。」

隼は少し大きめのリュックサックを持ってきていた。

「卒業まであと少しやん。今行かなあかんの?」
「もう決めたことやから。」

三人の間に沈黙が流れた。
隼は以前から唯一、厳しい両親について不満を漏らすことがあった。
だから祐介と浩司は急ではあったが、その内容を疑うとまでは考えなかった。
そして祐介がもう一度呟いた。

「もうちょっとで卒業やんか…。」

祐介と浩司が真剣に考えている様子が隼には伝わっていた。
その二人を前に真紀のことを考えていた隼は少しずつその二人の姿に真紀を重ね始めていた。
自分は信頼できていない二人が真剣に自分のことを考えてくれている。
そう思っていると隼は自分がまた真紀を裏切っているような気持ちを感じ始めていた。
信じてくれていた真紀を最後まで信じてあげられていなかった。
その気持ちに気づいた時にはもう遅かった。
自分を信じてくれている祐介と浩司。
そんなことが頭を駆け巡っていると、隼の目からは真紀の病気が発覚した時から初めて
涙が流れていた。

「何があってんな。聞かせてくれよ。」

その涙を見て、隼が何かを隠していることが祐介と浩司にはわかった。
隼のその涙は真紀が教えてくれた、人を信じることの大切さをまた裏切ろうとしてしまい、真紀がいなくなってもなお何もお返しできていない、お返しなんてしようともせず、逃げようとしている自分に気づいた涙だった。

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