第7話「足りないものと欲ばかりが増える」

当時の彼らの演奏形態はギターを一人が弾いて、もう一人がマイクを手に持って歌うというものだった。
その形態で演奏しているミュージシャンは数多くいて、彼らもその中の一組だったが一つだけ違うことがあった。
それはギターを弾く方とマイクを手に持って歌う方が固定されているわけではなく、曲ごとに入れ替わるというものだった。
一曲一人がギターを弾けば、次の曲はもう一人がギターを弾く。

それを繰り返す。

さらには当時の彼らはギターを一本しか持っておらず、一人のギター演奏が終わるとギターをもう一人にステージ上で手渡ししていた。
その姿はどう見ても滑稽でかっこいいものでないことは明らかだった。

その状況を打破するべく、お金を貯めてとりあえずもう一本ギターを買った。
でもギターが二本になったからと言ってどうすればいいのかがわからなかった。
二人が同じことをするだけでは少し音量が大きくなるだけでギターが二本になる意味はなかったし、二本のギターが違う演奏で絡み合って、ハーモニーになるにはあまりにも何も知らな過ぎた。

二人のやりたいことはどんどん増えていった。
ギター二本での演奏がしたいと思ったのもその一つ。

もっとたくさん練習したいという想いがどんどん強くなっていった。
もっとたくさんの人に聞いてもらいたいという想いがどんどん強くなっていった。
もっと大きなステージで歌いたいという想いがどんどん強くなっていった。

そんな中で歌い続けていた彼らにも友人以外で応援してくれる人が少しずつ増えていった。

しかし当時の彼らにとってその状況は喜びであるとともに戸惑いでもあった。
CDを買ってくれるたびに喜びと一緒に戸惑いが込み上げた。
差し入れをもらうたびにすごく不思議な気分にさえなった。
ライブの予約メールが届くたびに本当に来てくれるのだろうかと不安になった。

自分たちのことを知らなかった人たちが自分たちの音楽で気持ちを感じてくれて、繋がってくれている。
大きくなっていく姿を応援したいと言ってくれている。
自分たちの曲を大好きだと言ってくれている。

初めはどうすればいいのかわからなかったその戸惑いも自分たちの理由が大きくなっていくにつれて無くなっていった。
足りないものは増えていくけれどもっと大切なものを聴いてくれるあなたにもらった。

最初の頃に足りなかったのは技術なんじゃなくてその理由だったのかもしれない。
自分たちの歌で少しでも元気になってもらいたいとか、安心してもらいたいとか、勇気を与えたいとか、様々な想いが溢れていた。

そして感謝する気持ち。

それらの想いを聞きに来てくれる全ての人と一対一で熱く語ることができるわけではないのだから音楽で繋がってくれたすべての人に音楽で届けたい。
そして感謝を返したい。
もちろん想いだけで届けることができるほど甘くはない。

届けるためには技術だって必要だし、頭を使って工夫だってしなければならない。
時にはお金が必要なことだってある。
でもいくら技術があっても、いくら賢くても、いくらお金があっても想いがなければ届けることはできない。

それらが彼らが歌う理由である。
これからも歌い続けたいと思う一番の理由である。
あなたが彼らの歌を聴きたいと思ってくれるその気持ちが彼らの歌を歌いたいという理由になっている。

彼らはその想いを一番強く心に刻んでいる。

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