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第13話「自分のため」<大作>
大作と沙知が付き合い始めて一年が経っていた。
同時に大作はそろそろ30歳を迎えるころで、仕事も二人の関係も順調だった。
でも月日が経つにつれて、時には意見が合わないことも出てきていた。
仕事への考え方でケンカしたり、合うと思っていた食に関しても沙知が大好きなチョコレートを大作はあまり好きではなかったり。
でも二人はそんなことは当たり前のことだと思っていたし、それ以上にいくつかの二人の共通点をくれた「偶然」に感謝していた。
それに二人でおいしいものを食べたり、映画を見たり、さらにはデート終わりに大作が沙知を家まで送ることには変わりなかった。
そんな二人の日常は繰り返されることで確実に育まれていた
その日もいつものように待ち合わせをして二人で食事に出かけた。
しかしその日沙知は行く場所を知らされていなかった。
「どこ行くん?」
「まあええやん。」
嬉しそうにそう聞く沙知に大作が答える。
一年経った二人の関係で沙知は大作にようやく敬語を使わずに話せるようになっていた。
そんな会話をしながら二人が着いたのは見るからに高そうなレストランだった。
「えっ、今日はどうしたん?」
「まあたまにはこんな所もいいかなって思って。」
沙知は驚いていた。
急にそんなレストランにどうしてきたのかという驚きと、もう一つ驚いた理由があった。
そこは以前沙知が行ってみたいとたった一度だけ口にした場所だったから。
それにその話をした時、大作はそんなレストランには興味がなく居心地が悪そうで行きたくないと話していた。
沙知はその一瞬の話しを覚えていてくれたことが嬉しかった。
二人は場所は違えどいつものように楽しく会話をしながら、食事を楽しんでいた。
食事も終わり、続けて話しをしていると沙知は大作の様子が少し変なことに気づいた。
「どうしたん?」
そう問いかけた沙知の言葉を合図のように大作は話し始めた。
「実は今日は伝えたいことがあって、ここで食事したいなと思ってん。」
それだけ言って大作は少し深呼吸するように間をあけた。
そして落ち着かせるようにした後、また話し出した。
「付き合い始めて一年経ったけど沙知が嬉しそうにしてたり、喜んでたりしてる顔見てると俺が嬉しくて、喜びたくなるねん。
…。
その気持ちは最初の頃と変わってないどころか、今のほうが大きいし、
…。
何年でもいつの日までもそう思えるって言える。」
詰まりながらもそう言って少しすると店の人が花束を持ってきてくれて、大作に手渡した。
そして大作はポケットから指輪を取り出してさらに続けた。
「こんなありきたりな感じでしかできひんけど、ありきたりでも沙知に対しての気持ちはありきたりじゃなくて、君だけに捧げるものやと誓います。
だから僕と結婚してくれませんか?」
「沙知のため」に大作がしてきたことは繰り返し育まれることでいつしか「自分のため」になっていた。
大作にとって「沙知のため」に生きることが「自分のため」に生きることになっていたから。
「はい。」
沙知は大作の目を見ながらそう一言だけ、でもとても力強く答えた。
満面の笑みの大作と少し涙ぐみながらも笑っている沙知の二人にあたりからは祝福の拍手が響いていた。