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第16話「バレンタインデー」<大輔>
美保と別れてから大輔は美保のことを考えなくてすむことが楽であるかのようにさえ感じていた。
それは大輔にとって「美保のため」が「自分のため」ではなかった証拠だったのだろう。
そんな日々が続いていたある日。
大輔は祖父母の家を訪れていた。
最近になって足が悪くなり、車イスで生活をするようになったおじいちゃんのために様子を見に行ったり、買い物に連れて行くなどのお手伝いをすることが家族の中で大輔の役割だった。
その日もいつものように大輔が訪ねるとおばあちゃんがおじいちゃんに何やら渡していた。
その様子を見ていた大輔におじいちゃんが話しかけた。
「俺こんなん食べられんから大輔お前にやる。」
小さな箱を手渡された大輔はそれが一瞬何かわからなかったが包みを少し開けるとそれはチョコレートだった。
それによって、大輔はその日がバレンタインデーであることに気づいたと同時におばあちゃんがせっかくくれたチョコレートを目の前で、しかもそんな言い方で自分に渡したおじいちゃんを怒った。
「じいちゃん、そんな言い方ないやろ。
ばあちゃんがせっかくくれてるんやから。」
そう言われてもおじいちゃんは何も言わずにテレビを見ていた。
こっちを見ようともしない、その姿に大輔がもう一言言おうとするとおばあちゃんが止めた。
「大輔別にいいんよ。
ありがとね。」
当事者にそう言われてしまうと大輔も言葉を続ける気にはなれなかった。
その間もおじいちゃんはこっちを見ようとはしなかった。
大輔のおじいちゃんはもう80歳を超えていて、大輔の名前はよく間違えるし、物忘れもひどかったがそんな姿を見たのは初めてだった。
後から考えると自分の前で渡されたことが恥ずかしかったのかもしれないなと大輔は考えていた。
大輔は昔から家が近かったこともあり、父方の祖父であるこのおじいちゃんを慕って育ってきた。
実は大輔の「大輔」という名前もこのおじいちゃんの名前である「大作」の「大」の字を一つ取って名付けられたものだった。
その話を大輔は昔から何度も聞かされていたので、それも慕っている一つの要因だった。
その日の帰り道、大輔は美保のことを考えていた。
美保は記念日やお祝い事が好きで、大輔の誕生日や二人の様々な記念日をしっかりと覚えている子だった。
もちろんバレンタインデーにも手作りのお菓子をくれた。
大輔の元から美保がいなくなった今、大輔はその日祖父母の家をたずねていなければ,その日がバレンタインデーであることすらわかっていなかった。