第9話「普通の大学生」<大輔>

大輔は大学生になり、新しく居酒屋でのアルバイトを始めていた。

居酒屋を選んだ理由は特にはない。

それでもそれまでアルバイト経験のなかった大輔にとって、仕事は新鮮だった。

聞いたこともないカクテルを知ることができたり、料理が出来るようになったり、接客をしていても「何か」成長しているような、そんな感覚があった。

でも特には進んでいない自分にも気づいていた。

将来バーテンダーになりたいわけではないし、料理人になりたいわけでもない。
もしそうだとしてもそれならば選ぶべき場所は居酒屋ではないことくらいはわかっていた。

それに成長していることもただ漠然と「何か」としか答えられなかった。
「意味」のないことではないとは思っていたが、そこには「理由」がなかったから。

「今日も忙しくなるで~。」

少しワクワクしたような表情でそう話しかけてくる店長に大輔はぎこちない笑顔で答えていた。

「そうですね。」

今日も今から8時間働くのである。
そんな日々でも月日は誰にも平等に流れていた。

それでもバイト仲間との日々は楽しかった。
男女ともに分け隔てなく仲が良く、高校の頃は部活で忙しかった大輔にとって、その仲間たちもまた新鮮だった。
毎日のようにカラオケやボーリングをして遊んで、ときには特に何も理由なく朝まで話し込んでいた。

そんな生活を過ごしていた大輔は大学にはほとんど行かず、いかに少ない日数だけで単位をとるのかということにだけ専念していた。

そんな日々は楽しさと同時にもちろん不安も感じさせていた。
テレビでは同年代の人たちがオリンピックで金メダルを取っている。
メダルを取れずとも日本で1番の人が世界で通用しない自分に涙して、4年後を誓っていた。

同じように歌姫だと騒がれている人もいれば、日本をこれから背負っていく俳優だと言われている人もいる。

そんな人たちの存在はどの世界においても自分の年代が世の中に通用し始める年齢に差し掛かっていることを気づかせずにはいなかった。

自分はこれからどうなっていくのだろう。

そんな感情は才能を妬む感情にさらわれて、考えることをやめる。

それを何度も繰り返す。

それはあれほど年上に感じていた高校野球の選手たちが年下になった夏のことだった。

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