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第6話「始めたばかり」
少しずつ彼らは確実に上手くなっていった。
すごくざっくりした言い方になってしまうが「上手くなっている」日々の経過とともにそう自分たちでも感じられた。
地元を中心に活動を始めて半年が経とうとしていた。
その頃では月に一回地元のライブハウスで定期的にライブを行うようにもなっていた。
毎月のライブには地元の友人たちが毎回のように来てくれていて、彼らは全てのライブにおいて二十人以上もの友人たちに囲まれていた。
どうして始めたばかりなのにこんなにもたくさん見に来てくれる人がいるのかとライブハウスの関係者にも驚かれ、そんな友人たちの支えのおかげで彼らは地元で注目され始めた。
初めてのCDを発売したライブには五十人以上もの友人が駆けつけてくれた。
それは彼らが拠点を大阪市内に移してからも変わらなかった。
そのおかげで始めたばかりに関わらず彼らが一緒にブッキングライブで共演するのは人気のあるミュージシャンが多くなっていった。
ちなみにブッキングライブというのは数組が一緒にライブを行うものであり、初めて出会う他のミュージシャンのファンの方たちにも自分たちの歌を聴いてもらえるというのがミュージシャンにとって魅力の一つのライブである。
そのことからも人気のあるミュージシャンは必然的にブッキングライブで他のミュージシャンから共演したいと思われるミュージシャンとなる。
当時の彼らはそんなことも知らず、ただただ満員の会場でライブをすることが多くなっていった。
彼らはその日も満員のライブハウスでのライブを終えた。
全組のライブが終わった後はいつものように自分たちのCDが置いてある物販席に向かった。
そこにはすでに他のミュージシャンたちもいて、長い列ができている。
しかし彼らの物販席にはすでに違うミュージシャンが座っていて、彼らの席はなかった。
列もあって入るに入れず彼らはその近くで立ち尽くしていた。
もちろん誰かが「CDください」と声をかけてくれていたらその中に入ることもできただろうけれど彼らのCDは発売してから友人たち以外にはほとんど買ってもらえず、その日も当たり前のように誰からも声をかけられることはなかった。
自分たちの席に座っていたミュージシャンももちろん嫌がらせをしたわけではない。
誰一人並ばないその場所にいることは何の問題もないように感じさせたし、実際に物理的には何の問題もなかった。
でもその状況はすごく悔しかったし、何より応援に来てくれているみんなに申し訳なかった。
当時彼らが自分たちのライブで必ず言っていたセリフがある。
「僕らはまだ始めたばかりでギターも弾き始めたばかりです。だからまだまだですが、どんどん成長していきますので是非よろしくお願いします。」
「始めたばかり。」
その言葉を言うと楽になれる気がした。
始めたばかりなんだからまだまだなのは当たり前。
始めたばかりにしてはわりかし出来てるでしょ?
そんな言葉たちをまるで子分のように引き連れて、我が物顔に口にしていた。
それは当時の彼らにとって逃げ道であり、むしろステータスですらあった。
「始めたばかりにしてはすごいね。」
「また次うまくなってるの期待してるね。」
そんな声をかけてもらうために使っていた言葉だった。
さらに地元では高校生との共演が多かったが大阪市内には同世代で活動している人気や実力のあるミュージシャンが溢れていた。
そこでも彼らは思った。
「同世代と言っても自分たちより何年も長く音楽をしている彼らより、下手なのは当たり前のこと。自分たちはまだまだだけどこれくらいの期間で同じステージに立つことができているだけでもいいんじゃないか」と。
でもその考えがいかに甘いものなのか、そしてステージに立つということがそんなことじゃないのだと彼らはすぐに気づくことになる。
始めたばかりであろうと10年やっていようと同じステージに立つということ。
それは食に例えるならば普段全く料理をしない人の手料理と世界で修行してきたプロの料理人の料理のどちらを食べたいのかという質問と同じこと。
スポーツに例えるならば今日練習し始めた人と長年やってきた人が同じことに挑戦する姿を見て、どちらが感動したりわくわくするのかと聞かれることと同じこと。
答えはわかりきっていることだった。
満員の会場で歌い続けていてもほとんど買ってもらうことのできないCD、そして友達以外が彼らのライブに足を運んでくれることはほとんどなかった。
自分たちの歌を届けられていないのだと痛感した。
付け焼刃の技術で届けられるはずもなかった。
でもそれ以上にステージに立つということが自分たちの技術や経験に言い訳をする場所ではないということを痛感した。
確実に昨日よりも前に進んでるはずなのにやればやるほどに足りないものは増えていった。