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第10話「居酒屋に溢れる話し声」
東京から帰ってきた祐介はその日も居酒屋で深夜までアルバイトをしていた。
学生時代は浩司もこの居酒屋で共に働いていた。
居酒屋でのアルバイトを選んだ理由は特になく、何となくの気持ちで選んだバイト先だったけれど、居酒屋には本当に多種多様な人が足を運ぶのでそんな人たちを見ることが祐介は楽しかった。
食べた後食器を全て重ねてくれている人。
必ず「ありがとう」とお礼を言ってくれる人。
会社の飲み会で飲み物を運んだりして、みんなに気を使っている人。
合コンで何とか盛り上げようと必死になっている人。
もちろん楽しいことばかりではなかった。
その中でもトイレの場所を聞いたのに無言で立ち去る人、大人数での飲み会でいっせいに頼んでくる人を例に出して、祐介は周りの友人に居酒屋でやってはいけないこととして忠告していた。
そんな風にお酒の席は良くも悪くも、嘘も本当も、様々な人柄や人の心というものが出る場所だと感じていた。
同時にそれらの席ではどうしてか自分の自慢や夢を語る人が多いのだということも感じていた。
そんな話をしている人がいると祐介はいつもついつい耳を済ませてしまっていた。
政治の話しをまるで自分が政治家のように話すサラリーマン。
女性との付き合い方を偉そうに話す同年代。
過去の栄光を部下に話して気持ち良くなっている上司。
そして中には自分と同じようにギターを横に置いて、音楽の話で熱くなっている人。
浩司のようにこんな会社を作りたいなどの夢を語る人。
本当にたくさんの人の夢の話も聞いてきたように思う。
熱い想いを持っている人がそれほど多いのだということも感じていた。
でもそれは同時にそれらの溢れるほどの数の熱い想いが、どれほど埋もれていくのかということも教えていた。