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第11話「居酒屋に溢れるということ」
浩司が久しぶりに東京から帰ってきた土曜日の夜、祐介がいつもの二人にも声をかけて学生時代のように四人で居酒屋に入り、笑いの絶えない時間を過ごしていた。
昔のようにたわいもない話しをしばらくして、お互いの近況を話し始めた。
「浩司は最近どんな感じなん?」
友人の一人が浩司に問いかけた。
浩司は生ビールを片手に答える。
「とりあえず仕事してるだけやなー。まあでも三年で今の仕事身につけて、辞めれるようにしていくつもりやけど。」
三年で辞められるようにする。
その言葉を聞いて祐介は一年前にも同じ言葉を聞いたことを考えていた。
あれから自分たちは進んでいるのだろうか。
祐介自身約一年前に通い始めたボイストレーニングには今も通っていたが、いつの間にかただ通っているだけの自分がそこにいた。
そんなことを考えながら祐介は浩司に問いかけた。
「資格とかはこれからどうするん?」
返ってくる言葉はほとんどわかっていた。
でももしかしたらという淡い期待からどうしても聞きたくなってしまった。
「勉強はまあしてるっちゃしてるけど資格は取ったところで何か変わるわけでもないしなー。正直勉強する時間もほとんどないし。」
「平日とか帰ってから時間ないん?」
「まあ平日も遅くまであるし、付き合いもあるからな。」
「休みの日は?」
どんな言葉が返ってくるのかわかりながらも祐介はいくつも質問を重ねた。
わかっているのにそうしてしまったのは祐介は自分の姿を浩司に重ねてしまっていたからだった。
さらにその時の自分たちの会話がアルバイトをしている時によく聞いている会話にほとんど同じだったことが祐介にもどかしさを与えていた。
結局自分たちの会話も居酒屋に溢れる話し声の一つなのだと。
すると浩司が少しいらいらした口調で返した。
「まあいろいろあるんやって。付き合いとか祐介も就職したらわかると思うわ。」
就職をする。
その言い方から祐介は歌手になるということが浩司の言う「就職」ではないことが容易にわかった。
その言葉は祐介にとって言われてしまえば何も言い返せなくなってしまうもので、かなり敏感に反応せざるを得ないものだった。
しばらく四人に沈黙が訪れた。そして祐介もいらいらしたように返した。
「それやったら俺の前で仕事が大変やとかそんな話しするんやめてくれよ。俺は何もわからんから。それに何も進んでないのに三年後帰ってくるとかよくわからんしな。」
その後もしばらく沈黙は続いたが他の二人がなだめるように少しずつまた話し始めて、祐介と浩司もその雰囲気を感じ取りなんとかその場をやり過ごした。
「ほんなら帰ろうか。」
四人が解散をした時間はまだ夜の十一時前だった。
それでもその時間は以前のそれよりはるかに長い時間に感じられた。