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第12話「今が溢れれば必ず過去と未来に流れ出る」
それから祐介と浩司の間に今までのような連絡はなくなった。
祐介は他の二人とはしばしば会っていたがその二人も浩司とはしばらく連絡を取っていないようだった。
そんな中で少しの間はただ流されるだけの日々に戻っていた祐介だったが、自分が変わることで浩司に何か刺激を与えてやりたいと考えるようになっていった。
今までは東京で働く浩司から刺激をもらえないことが残念だと考えていた祐介だったが、それはきっと浩司にとっても同じことであったはずだった。
週一回のボイストレーニングには自宅でも日々発声練習を行って精を出した。
まだまだほとんど弾けないギターの練習も時間を増やした。
もちろんうまくは進まなかった。
だらけて過ごした数年間をたった一か月や二カ月そこらで埋められるはずもなかった。
テレビでは平成生まれが活躍し始めている。
以前の祐介は何もしていない自分の姿を棚に上げるように、そんな人たちの姿をただただ妬んでいた。
でも過去を埋めようと必死になっていると少しずつ彼らの姿の意味がわかり始めて、賞賛と尊敬の眼差しに変わっていった。
そんな日々が続いていき、祐介はついに初めてライブハウスでライブをする機会を手に入れるに至ったのであった。
もちろんその程度のことはお金さえ払えば誰だって出来ることだったけれどその一歩を踏み出したことが祐介にとっては凄く大きなものだった。
祐介はそのことを浩司には言わなかった。
まだ言うには早いと感じていた。
そのライブで祐介はガチガチに緊張して歌うどころか、ちゃんと話すことすら出来なかった。
声はひっくり返ったし、歌詞は間違えたし、ギターもしっかり弾けなかった。
でも。
「今」が溢れれば必ず「過去」と「未来」に流れ出ることを信じて、初めて立つステージの上で精一杯歌った。
浩司の心にも届くように精一杯の声で。
「今」を溢れさせることができたなら、それは必ず「未来」に流れ出てくれる。
その時後悔していた「過去」も満ちた気持ちにしてくれる。
必ずそうなる。
必ずそうする。
そんな想いを持って祐介は進み始めていた。