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第9話「後ろ向き」
ほとんど何も進んでいる感覚のない日々が続いていた。
それでも月日は勝手に流れて、浩司が就職して東京に行ってからそろそろ一年が過ぎようとしていた。
その頃になると二人が連絡を取る回数はかなり少なくなっていた。
学生時代は何の問題もなかった夜九時から深夜一時までの間通話料がかかるという制約が働き出した浩司の生活にはなかなか対応できるものではなかったことが連絡の回数を減らしていた原因でもあった。
その頃と同時にもがけばもがくほど沈み込んでしまうアリ地獄にかかったように心だけがもがき続けて、二人は少しずつ体を置き去りにしていた。
そんなある日浩司が祐介に電話をかけた。
「うっす。どうしたん?」
祐介はすぐ電話に出た。
「いや、来週帰ろうと思うんやけど時間合ったらみんなで飯でも行きたいなと思って。土曜日の夜空いてる?」
「おー、たまたまバイト休みやし行けるわ。ほんなら俺声かけとくわ。」
「ありがとう。じゃあすまんけど頼むわ。」
「いいよそんくらい。てか最近どうなん?元気にやってんの?」
「まあ普通やで。仕事もまあまあ慣れてきたしな。もちろん早く大阪帰りたいけど。」
「そうか、まあ慣れてきたんならいいやん。勉強はどうなん?進んでる?」
「勉強は全くできてないわ。仕事終わったらもうそんな気になれへんくてな。休みの日も洗濯とか掃除もせなあかんしやってる時間ないねん。」
祐介は心のどこかで前向きな明るい話しを期待していた。
けれど浩司の言葉は後ろ向きのものが多かった。
本当のことを言うとそんな話しが返ってくるような気もしていた。
それらの話しを祐介は何も言わずに聞いていた。
それは自分の経験していない環境で働いている浩司に対して、自分が想像でものを言うことはできないと感じていたし、何より浩司なら今はそうであったとしても必ずやってくれると信じていたから。
そんなことを考えながら、祐介は違う話しを始めた。
「そう言えばな、あのよう行ってたコンビニ無くなってしまったわ。結構賑わってる感じやったのになー。」
祐介は話を代えようとしただけのつもりだったが電話口の浩司はどこか寂しそうな雰囲気を漂わせた。
「そうか…。ほんならあっこはもう行けへんのか。」
月日が経つにつれて本当に少しずつではあったが二人の会話にはどこか後ろ向きなものが増えていた。
過去には今考えれば何が面白かったのか、どうしてあんなに大笑いしていたのかわからないようなしょうもない会話もたくさんある。
それらの会話は確かにくだらなかったのかもしれない。
でもそれらはいつでもどこか前向きで明るい会話だった。