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第2話「真面目に控えめに、でも溢れる気持ち」
実を言うとその告白は初めてではなかった。
はじめは食事に誘った帰り道に気持ちを告げた。
その時は何の気持ちもそこにはなくて、太一(たいち)はその告白を断った。
しばらく誰とも付き合わずに生活してきていた彼にとって、「好き」だと言われても自分の中で「好き」だという感情がどんなものなのか思い出せなくなっていた。
もちろん別に嫌いではない。
一緒にいて楽しいし、これからも馬鹿な話をして笑いあいたい。
そう思える関係ではあった。
でも付き合うという関係を作りたいかと聞かれれば、そうではなかった。
それでも恵美(めぐみ)のアプローチは続いた。
言葉だけで聞くとかなり猛烈なアプローチのように思えるが真面目に控えめに、でも溢れる気持ちを正直に伝え続けた。
その恵美の姿に太一も少しずつ心が揺れ始め、揺れた心は少しずつ位置を変えて気付けばいつの間にか相手の元にあった。
まるで押しては引いてを繰り返して、少しずつ距離を詰めながら釣りあげられた魚のように。
その二人の間には漁師と魚の間にあるような緊迫した駆け引きなんてものはなかったけれど、真面目さと控えめさが時に駆け引きの役割を果たして溢れる気持ちが背中を押し続けた。
それまでも付き合い出してからも二人は全く喧嘩をすることもなかった。
それまでも仲の良かった二人にとって、ただお互いが「付き合っている」と認識したことだけが二人の頭の中に追加されただけで何ら変わりはなかった。