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第4話「ぐしゃぐしゃじゃなくてくしゃくしゃ」
それからも何の変りもないまま二人の時間は過ぎた。
基本的にはお互いバイトと仕事をこなして、週に一度か二度会う。
会う時は家でゴロゴロしたり、夜はファミレスで食事をすることも多かった。
仕事帰りにそのまま駅で待ち合わせをするときは居酒屋に行ってお酒を飲む。
ぶらぶら買い物をしたり、たまには映画を見に行ったり。
付き合っている二人なら誰もがしているようなこと。
もちろん恵美の就職のお祝いもした。
普段よりは少しだけ高くて魚のおいしいお店で食事をして、ケーキとプレゼントもした。
太一からのプレゼントは自転車だった。
今は駅近くのマンションで一人暮らしをしている恵美にとって自転車は必要なかったが、実家に帰ると自転車で会社に通える距離になると言っていたことから太一は自転車をあげたいと思っていた。
でもプレゼントはもっとわかりやすい指輪とか時計とかそんな物の方がいいんじゃないかとかなりの時間悩んだ。
確かに指輪や時計はありきたりだけれどそこに間違いはなくて、自転車をあげるというのはなかなか勇気のいることだった。
でもそれをあげたい理由があるのだからとそうすることに決めた。
プレゼントの仕方もかなり悩ませた原因の一つだった。
出来れば直接渡したいと思った。
でも引っ越しのことも考えて自転車は恵美の実家に届くようにしておいた。
長々と説明したが、太一はそのいきさつ全てを照れくさそうにその場で恵美に話した。
その場にプレゼントはなかったけれど恵美は本当に喜んだ。
もちろん自転車をもらえたことも嬉しかった。
でもその場所には指輪よりも時計よりも、そして自転車よりも欲しいものがあったから。
太一が自分のために悩んでくれた時間。
恵美にとってもはや自転車はおまけのようなものにさえ感じさせた。
その日から少しして恵美は実家に帰った。
新幹線に乗る前から恵美は太一の前でぐしゃぐしゃな顔で泣き続けた。
「これで最後なわけじゃないんやから。」
そう言いながら太一はくしゃくしゃな笑顔で恵美の頭をなでて励ました。
時間に無理やり押し込まれるように新幹線に乗せられた後も恵美は泣き続けていた。
恵美は実家に着くと玄関の前にポストカードの貼りついたピカピカのオシャレな自転車が置いてあることに気づいた。
そのポストカードには先日太一が自転車をプレゼントすることを悩んだいきさつがが書いてあった。
それを読んで恵美は笑った。
「こないだ言ってたことと全く同じじゃん…。」
そしてそう一言つぶやいてまた泣いた。