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【SNS】結果が出ずに失敗する誰も教えてくれない理由

結果を出したいと思う時、人は多くの場合その結果を今すぐ欲しくなります。

喉が乾いたとき今すぐ冷たい飲み物を飲みたいように、今やりたいと思ったのだから今手にしたいのは必然の気持ちであると思います。

 

だからみんなまずは今すぐできる方法を探します。

「今すぐできる方法」とは言ってしまえば楽な方法です。(YouTubeのカバー曲であれば、ひたすら新曲に飛びつく)

 

その風潮は実世界でもSNS上でも蔓延していて、みんなが楽をしようとしています。

そしてそれにはいろんな段階やパターンがあるので、それに当てはまらないかどうかチェックしながら読んでみてください。




■一発で当てようとする

もちろんたったひとつの動画や唯一のコンテンツで有名になる強者はいます。(そういう方は目立つので、それが正攻法だと思われがち)

 

でもほとんどのクリエイターはそんなことできません。
なぜならやり始めたばかりの人間には技術もなければ経験もありません。

 

やり始めたばかりの人間にベテランたちを差し置いて、たったひとつの作品で多くの人を魅了することは限りなく難しいです。

 

たとえ10年音楽をやってきた人がカバー曲をYouTubeにアップしても、それはYouTubeにおいては何の技術も経験もない人です。

 

「いやそれはさすがに技術はあるんじゃね!?」

 

そんな声に対してはっきり言えることは、たしかにクオリティは音楽をやり始めた人がYouTubeにアップするカバー曲より高いはずです。

 

でも多くの人に聞いてもらえるのはクオリティだけではないし、クオリティだけで評価されるほどのクオリティを持っているのなら、その10年でもうすでに評価されています。

 

同じように先ほどの「たったひとつの動画で有名になるような人」は言い方を変えれば、動画じゃなくてもいつか有名になっていた方です。

 

そして各世界には長年の積み重ねにより、ひとつのコンテンツだけで1万人、10万人、100万人に届けることができる方がすでにいます。

 

その人たちと肩を並べるために何をすべきか答えはシンプルに一つです。

 

その方たちと同じように積み重ねて、とりあえず人数×回数で上回るしかないです。

例えば一回で100人にしか届けられない人間が、一回で1万人に届ける人と並ぶには100回100人に届ければいいんです。

 

1回×1万人=1万
100回×100人=1万

 

本当にこれだけのことで、それを繰り返していればインターネットは網なので、その目が細かくなればなるほどたくさんの方に届けることができるようになります。

 

「100倍やれってことかよ!?無理じゃん!」

 

そんな声が聞こえてきそうですが、先人がいる世界で同じコンテンツで100倍のアクセスがある方に肩を並べに行くのなら、100倍やるしかないんですよね。

 

音楽で言えばそれがメジャーとの差であり、YouTubeで言えば今日YouTubeを始めた人間とトップユーチューバーとの差です。

 

たくさんの力で多くの人に届けられるもの(メジャーの音楽)や、すでに多くの人に届けている人(アップすればすぐに数十万再生されるYouTuberの方)に追いつこうと思えば、そうするしかない。

 

それなのに今日もほとんどの人が楽な道を選びます。

そしてその差はさらに開いていく。

 

カバー曲で言えば、新曲に飛びつくのがその一番の例で、みんなが新曲にひたすら飛びついています。

 

たしかに新曲はその時再生される可能性が高いので、もしかするとすぐに有名になれるかも!そんなふうに感じます。

でも先ほども書いたようにインターネットは網なので、長い目で見れば一過性のものではなく、多くの人に愛され続けている曲の方が積み重なり、聴き続けてもらうことができるのは確実です。

 

■濃さ

とにかく誰よりもやることを大前提に、そこに自分にしかできないオリジナリティをプラスしていくことが大切だと思います。

 

もう一度カバー曲を例にすると、「この曲をやってほしい!」というリクエストしてもらえたものをカバーすれば、それをリクエストしてくれた人と自分の間にある自分にしかできないことです。

 

確実にリクエストしてくれた人は喜んでくれます。
つまり明確に喜んでくれる人が確実にいます。

 

一見遠回りだと思うかもしれません。

でも不特定多数に届けることよりもその方が断然で理にかなっています。

 

先ほどあげた100回×100人の話でも同じですが、1万人に一回だけ届けるのと、100人に100回ずつ届けるのでは濃さが全く違います。

 

そしてそれはすでに人気のある人には実践するのが難しいことでもあります。

 

常に一発を当て続けようとしている人と、目の前にいる人たちを圧倒的に大切にし続ける人。

 

繰り返せば繰り返すほどにその差はひろがるばかりで、たとえ一発が当たったとしてもそこにあるのはアクセス数だけで応援してくれる人たちではないです。

 

イメージだけで判断してしまうと、どちらが遠回りなのかわからなくなってしまい、その成れの果てにおでんツンツン男のような犯罪ギリギリのことをする奴が現れます。

 

過激なことをやって視聴を集めても人気者になることができないのと同じで、今目の前にある視聴数を意識するのではなくて、自分が届けたい人にちゃんと濃く届けるという想いにしか価値はありません。

 

■こだわりが過ぎる

いずれにせよもちろんクオリティは大切です。

でもそこにこだわりすぎるが故に一歩目が踏み出せない人がいます。

 

「今はまだ早い」
「まずはこの力をつけてから」
「このクオリティでは出せない」

 

擦り切れるほど聞いたことがあるセリフですが(僕も言ったことがある)、この考え方は本当にダメで、一歩目すら踏み出せない人には当たり前ですが、どこに2歩目、3歩目を踏め出せばいいのかなんてわかるはずがありません。

 

これが例えば本当にクオリティを上げたあとその一歩目を踏み出して、それだけで結果を出して、大成功するならいいんですが、まずそんな簡単にはいきません。(そこまですでに何歩も進んできたのに結果が出ていない自分のことを思い出すんだ!)

 

そしてここが一歩目を踏み出していない人にとっての盲点だと思いますが、

 

ひとつのことに対して一歩を踏み出せば、また次のことに対して一歩を踏み出す。
一歩目の後に訪れるのは必ずしも二歩目ではないです。

 

状況は変わり続けるし、全てが思ったように行くわけではないので、いろんな一歩目を繰り返し続けなければいけません。

 

つまり最初の一歩を踏み出す程度で「まだ早い」「これをしてから…」なんてことを言ってる間にすべきことの賞味期限は切れていきます。

踏み出し続けながら、その時できる最大限を発揮して二歩目三歩目を見つけていく以外に進み続ける道はないです。

 

まだ踏み出してもいない自分が描いているたった一歩目程度を踏み出したところで、手にできる結果なんて大したことはないものです。

 

天才とバカは紙一重ということがよく言われますが、これはリスクや未来を考えずに一歩を踏み出せるバカこそ結果を出す可能性が高いからです。

 

■使命感でひたすら続ける

そしてその一歩目を踏み出したけれど、その一歩が間違えていた時、うまくいかなかった時。

「一度続けると言ってしまったから」「せっかく一歩を踏み出したのだから」そんな使命感だけで続けてしまうことがあります。

 

つまりせっかく頑張って一歩踏み出すことができたのに、その歩みを止めて違う一歩踏み出すことを後退と考えてしまうわけです。

 

「三年はやらないとわからない」

エンタメの世界に限らずそんな言葉もあります。

 

もちろん続けない限りわからないこと、続けたからこそ結果が出ることはあります。

ただどんどん流れていくスピードが加速しているこの時代では、昨日正解だったことすら明日には不正解になることだってある。

 

もちろん結果が出ないからと言って、コロコロ変えていてはダメですが、違和感や疑問を抱きながら続けていく程度の継続が何かを大きく変えたり、多くの人に届けるための力になることはありません。

 

違和感や疑問を抱きながら3年続けたところで、その未来で待っているのはただそのまま「違和感や疑問を抱きながら過ごした3年が終わる」だけです。

 

そして続ければ続けるだけ、人は過去の自分を否定することができなくなります。
正確には否定したくなくなります。
そして脳は無意識に妥協して、正当化してしまう。

 

「やっていないよりはいい」
「続けているからこそ気づけた」

 

そしてそんなことを思いながらまた一歩を踏み出すかどうかの決断に迫られます。
3年前のあの日と同じように。

 

続けるだけがかっこいいわけでも正解でもないです。辞めることも一歩です。

変化は始めることか辞めることでしか起こらない。

 

変化がないということは新しいことを始めていないだけでなく、何も辞めていないということです。

 

■頑張る奴と人や作品を本当に大切にする奴が勝つように作られている

結局はそれに尽きます。
偶然結果を手にした人に憧れたり、その人をかっこいいと思うことはないように、ちゃんと頑張って、ちゃんと大切にする人のもとにしか魅力はない。

 

これはSNSの仕組み的にもそうなるようになっています。(SNSを作った人たちがそういう人たちだから、そうなるのは必然のこと)
[blogcard url=”https://yuru2010.com/2018/10/07/4028/”]

 

ハウツー本に書かれていることを少しやったところで結果なんて出ない。

なぜならハウツー本を書いた人はそれをひたすら「圧倒的に実践」し続けている人だからです。

 

もちろん工夫をすること、奇をてらうことは時に大切で、それがキッカケを作ってくれる可能性はあります。

 

でも魅力はそれを圧倒的にやる場所にしかない。
でもみんな今すぐ欲しくなっちゃう。

 

つまり逆に言えばある程度どんなことでも大抵は他の誰もやっていないレベルまでやり込めば結果は出ます。

 

例えば僕はストリートライブやライブハウスでの活動について先日このようなことを書きました。
[blogcard url=”https://yuru2010.com/2018/10/10/4060/”]

 

でもこれはもちろん絶対ではなくて、毎日ストリートライブをしたところで無理だったとしても、もし毎日全国20カ所でストリートライブをし続ける人が現れたら話は変わってきます。

 

「ん?何を言うてんの?」

そう思いますよね。
僕もそう思いながら書いています。

 

でも例えばスクリーンを使って、同時配信するような形で全国20カ所でストリートライブを毎日する奴が現れたらきっと成果は出ます。(警察の方に止められたりすることや、そんなことができるかどうかは別として)

 

こだわることやただ続けること。
それらももちろん必要だし、素敵なことです。

 

でも本当に自分の作品を届けたいという想いや、自分の作品に対する愛、そして聴いてくれる人に本当に楽しんでほしいという想い、その人たちに伝えたい愛を形にすること。

それも同じく大切で、どっちを取るとかいう話じゃないんです。二択じゃなく一択です。

 

全部やる。

 

一生懸命は時に自分が見えなくなります。
正しいと思ってやり続けていること、間違えていると思ってやっていないことがあるかもしれないです。

 

この文章が客観的なものとして、あなたに届いていたら嬉しいです。

俺も頑張ります。




 

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コメント

    • ちよみ
    • 2018年 11月 04日 9:55am

    ミュージシャンではないけど、参考になると思い何度も読みました。
    繰り返し読んで、一歩を踏み出し続けます。

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